「世界思想」5月号を刊行しました。
今号の特集は「問い直される国際秩序〜対イラン問題の真相〜」です。
ここでは特集記事からPrt1 「イラン・ハメネイ体制の終焉と「抵抗の弧」の崩壊」を
ご紹介します。
自民党が圧勝した2月8日の衆院選が公示される前の1月中旬から、Xの中国系アカウントが「旧統一教会」をテーマに反高市工作を行っていたことが分かったと、複数の報道機関が報じた。中国共産党は同教団を「邪教」認定し、解散命令を支持してきた。宗教問題をテーマに日本に対する影響工作を仕掛ける中国の意図を読み解く。
最高指導者の死の衝撃
今年1月のイランのハメネイ体制への市民の抗議デモに対し治安部隊は8~9日の両日.容赦なく機関銃掃射し3万人超もの市民が虐殺された。その後も逮捕された市民の処刑が執行されているのである。
トランプ米大統領が市民の武力弾圧なら攻撃と警告していた背景もあったが、2月日に米国とイスラエルが政治指導部と核関連施設を攻撃.最高指導者ハメネイ師らの死亡が発表された。首都テヘランでは国旗を掲げ米国とイスラエルを糾弾する人々が広場に集まる一方、歓喜の態度を示す市に星条旗とイスラエル国旗を掲げ、両国への感謝と民主化への期待を表明した。
ペルシャの歴史と「ホメイニ革命」へ
そもそもユダヤ民族と古代ペルシャには.バビロン捕囚されたユダヤ人がBC537年にペルシャのキュロス2世によって解放された歴史がある。
イランも、20世紀に前近代的ガージャール朝からレザー・シャー(王)によるパフラヴィー朝が成立、国号を変更し、近代国家へと変貌を遂げた。
だが、次のムハンマド・レザー・シャーの親政で西洋近代化は経済格差を招き、反王政運動を、イスラム法学者や世俗知識人、マルクス主義勢力が扇動。その結果国王は実際.毎週の集会では「米国に死を!」と気勢を上げている。
1980年に起こったイラン・イラク戦争の旗色が悪くバニーサドル大統領が失脚、81年に2度の大統領選でイスラム共和党の法学者ハメネイ師が大統領となった。
89年6月にホメイニ師が死去しハメネイ体制が発足、翌月に憲法改正された。
ハメネイ大統領の後はラフサンジャニ、ハタミ、アフマディネジャド各氏と続いた。特にハタミ政権は改革派とされたが、2002年にウラン濃縮施設の建設が暴露され核開発疑惑が改めて国際的問題となり、07〜08年には国連安保理で制裁決議が採択。2015年にオバマ米政権とイランのロウハニ政権との間で「イラン核合意」(JCPOA)が成立するも、実際には拘束が緩いもので、直ちにイランの資金の凍結解除で1千億ドルがイランに戻った。

