世界思想12月号を刊行しました。今号の特集は「政治決戦2017」です。

▶ 月刊誌「世界思想」のお問い合わせ・購読はこちらへ

【インタビュー】北朝鮮の脅威が強いる文在寅政権の現実路線

 韓国の10年ぶりの親北政権は主要人事で左翼に傾くが外交的には日米との関係を重視した現実的対応を採る事情とは。そして、韓国内でエスカレートしていると伝えられる慰安婦問題の現状と展望は。
 元産経新聞ソウル支局長で韓国事情に詳しい在ソウルジャーナリスト 黒田勝弘氏に単刀直入に尋ねてみた。

在ソウル・ジャーナリスト

黒田 勝弘 氏  

外交安保は日米韓重視の右路線、内政は左路線の構図

 -- 戦韓国内で文在寅政権が発足し、その政権スタンスが注目されたが、当初高かった支持率は下がっている。文在寅政権の北朝鮮に対するスタンスはどうか。

 日本では文在寅政権は「反米・親北・反日」政権だとして、警戒+否定的な評価で捉えられがちだ。その観点から見て現状はどうか。現状の図式で言えば、端的に言うと、外交・対外関係においては「右」、その代わり対内政策では「左」というのが今の図式・構図と言える。

 特に北朝鮮の核・ミサイル問題が日米を含め国際社会で大きく表面化している。これは安保問題だから、韓国の安保にも重大な影響を及ぼしている。その結果文在寅は、対北政策(対中政策も)を意識した対外関係では、従来の安保観で対応せざるを得なくなっている。実際問題として反米でも反日でもなく、日米韓の協力体制の強化という方向に踏み出しているのが事実だ。

 これは日本から見れば、当初の予想とは違う展開になっている。恐らく文在寅からすると、心ならずもそうせざるを得ない状況と言えるのだろう。特に対米、そして対北制裁強化で動いている。

 というのも、そうしなければ対外的に韓国が外交的に孤立してしまうからだ。韓国自体が国際的市場に依存している国。国際的な配慮を無視した外交はできない。いかに自分の理想や理念として「反米・親北」があっても、実際に政権を獲り現実に対応するとなると、現状を追認するしかない。

 その意味で文在寅政権は「右」にブレている。これに対し、日本では、「それでも信用できない」と言っている。

慰安婦問題は「挺対協」除き大多数の元慰安婦が合意

 -- 日本との関係において2015年末の日韓の慰安婦合意を反故にされる印象が強い。また、来年から2020年までに記念碑や研究所を作ったりするという。さらに、徴用工の問題をめぐる像や裁判なども控えている。どう考えるか。

 実は、慰安婦問題というのは韓国ではもはや関心は後退しむしろ関心があるのは日本の方だと言えるかもしれない。

 その日本の関心事は、大使館・総領事館前にある慰安婦像を移してくれという話。考えてみると今、慰安婦問題で日韓間で要求を出しているのは日本の方で、韓国としては新たな要求はしていない。「挺対協」など関係団体が日本の法的責任や国会決議とか言っているが、韓国政府は外交問題として日本側に突きつけているわけではない。

 むしろ例の日韓合意でいわば慰安婦問題は「終わった」のだと言える。元慰安婦のお婆さんたちが7割以上もあの合意を受け容れて、支援金も受け取ったからだ。今その生存者が34人ほどで、そのうち運動をやっている「挺対協」が抱え込んでいるお婆さんは8人。だから「反対」する「当事者」はたった8人だ。だがこれが「慰安婦の総意」だという虚構を作り上げているわけだ。

 

「慰安婦合意の検証」によって浮上する「解決済み」感

 そして文在寅政権になって「慰安婦合意の検証・見直し作業」に取り組んでいて、外務省傘下で民間人を入れてやっている。これは慰安婦合意がどのようにでき、その後、合意がどのようにして実行されたかという検証だ。

 日本ではこれを懸念する声もあるが、実は必ずしも懸念にあたらない。韓国、文在寅もそうだが、世論向けに「どうなってるのか」とアピールしたいのは、「不可逆的に蒸し返さない」との文言だ。

 つまりどういう経緯で入ったかというのは国民世論やメディア向けに必要なことだが、「不可逆的に」とは韓国側が言い出したこと。日本側は「最終的に」の文言でいいとしていた。

 韓国側が言い出したことは、朴槿恵が言ったということで、前政権を断罪するネタに使われるだろうけれども。問題の「癒し財団」をつくり、お婆さんたちに合意受け入れを説得してまわり、その結果7割が受け容れた。このプロセスが詳細な記録として残っている。

 これを担当した財団の理事たちは、お婆さんたちには、後々のことまで考え、繰り返し対話し、詳細に記録しているので、むしろこれを検証して欲しいと言っていた。当事者は解決済みの話なのだ。

 

在外公館前の慰安婦像設置は国際法違反と訴え続けよ

 だから韓国側で新たな要求ということはもう出しようがないと言ってもいい。日本側は今、大使館前の像をどうしても引かない状態で、「合意で努力すると言ったのにどうして撤去しないのか」と。ある意味日本側が強い態度なのだ。

 日本側で印象づけられているのは、慰安婦像があちこちにできたり、バスにまで乗せられるといったことばかり。これは、韓国も「自由民主主義」社会だから、そういう団体もある。「民間」がやることまで全部日本政府が「やめろ」とは言えないわけで、韓国社会の内部で「そりゃやりすぎだ」とか「もういいじゃない?」という声が出るまで待つしかないのだろう。

 だが、「大使館・総領事館前の像だけは移転してくれ」という要求は、国家の尊厳の問題としては徹底的に言わなければならない。これは日本国の外交公館に対する侮辱行為だから当然の要求だ。

 今年1月の日本政府の対韓外交措置、釜山総領事館前に像が設置された時、駐韓大使・総領事を召還して、外交日程の中止、外貨のスワップの終結。一種の外交的報復で、実は日韓外交史上初めてのことだったので韓国側は驚いた。日本が何で怒っているのか、釜山の田舎に慰安婦像ができたとなぜ怒ってるのか、と。その時初めて、「いや日本が怒っているのは、これこれこういう国際的な問題があるからなんだ」と。

 それで外相は国会答弁で、「あのことは国際的にはよくないことだとされている」と公式に発言し、テレビ討論でも、「日本側は慰安婦像をなくせと言ってるわけではなく、大使館・総領事館前から移してくれと言ってるだけだから、考慮の余地があるのではないか」などと識者が発言するようにもなった。つまり、これから事態解決のためには「国際的スタンダードの問題」だということを強調すればいい。そういう芽は韓国でも出ているということだ。

 今年の夏、徴用工問題絡みの『軍艦島』という映画が公開された。これは最初、大々的にPRされて人気だったが、結果的に失速し目標の1千万人突破はならなかった。これが失速した要因はいくつかあり、韓国のメディアが「あのストーリーは荒唐無稽だ」「歴史を誇張している。あれを事実と思ってはいけない」とブレーキをかける報道が目立った。

 

慰安婦像をバスに乗せたり徴用工像は「愛国ビジネス」

 慰安婦問題でバスに慰安婦像乗せるのもそうだが、こういった様々な行事、イベント、パフォーマンスを日本では「反日運動」として不快、非難の声が強いのだが、実は日本を意識してことさら「反日」しているつもりはなく、「私は愛国者だ」という、むしろ内向けの自己誇示という感が強い。

 慰安婦像を乗せたバス会社の社長にとっては、「愛国ビジネス」「慰安婦(売名)ビジネス」だ。だから日本に嫌がらせしている意識はない。大使館前に座り込んでいる連中もそうで、「日本は好きですよ」などと言っている。

 映画『軍艦島』に関しても、ネットの世界で出ている批評の中に「国(クッ)ポンだ」というものがある。これは「愛国ヒロポン(=覚醒剤)」という意味。人々を刺激して面白がる、その時その時の快感を楽しんでいるだけ。だから「また国ポンやってる」という表現がネットで出回るご時世だ。これは「反日もの」のみだけではなく、「軍隊もの」とか「北朝鮮もの」など、これらはみな「愛国」につながるので、「国ポン」と言って皮肉られる。

 こうした「国際的な常識」に基づいて韓国内の現状をどう思うか、という自己省察的な議論が韓国内で出始めている状況だ。

 

 -- 今後の日韓関係はどう展開していくのか。

 皮肉なことに、金正恩の「(核・ミサイル脅威の)おかげ」で、文在寅政権が現実主義外交を採らざるを得ない状況になり、対米・対日関係の強化に動いているので、当面はそれが維持されるだろう。政府レベルでは双方で対立・刺激を避けるというのが現局面である。  

【くろだ・かつひろ】1941年大阪市生まれ。京都大学経済学部卒業。共同通信社会部記者を経て韓国・延世大学校に留学。共同通信社ソウル支局長、NHK国際放送(朝鮮語)解説者、産経新聞ソウル支局長などを経て現在、コラムニスト。在韓34年。近著は『韓国はどこへ?』『どうしても“日本離れ”できない韓国 』など。


「在ソウル・ジャーナリスト 黒田勝弘氏インタビュー 「北朝鮮の脅威が強いる文在寅政権の現実路線」世界思想12月号掲載)

●外交安保は日米韓重視の右路線、内政は左路線の構図
●非難浴びた北朝鮮への800万ドル人道支援は結局留保に
●放送界で社長交代求めスト労組主導する左翼社会主義
●文政権の政府関連人事で1万5千人が左翼NGO系に
●左傾社会の「正常化」急いだ朴政権の「ブラックリスト」
●「積弊精算」という保守派一掃政策とカギを握る国民党
●朴槿恵弾劾問題で分裂した保守派の再結集する道とは
●保守弱体化とは裏腹に対北融和策に突き進めぬ文政権
●盧武鉉の能力なき「中道実用主義」を踏襲する文在寅
●朴正煕政権への怨念が朴槿恵弾劾と保守派への報復に
●反米・反日の左翼ナショナリズムから導かれる連邦制
●北の影響を色濃く受けた民族解放派と統合進歩党問題
●慰安婦問題は「挺対協」除き大多数の元慰安婦が合意
●「慰安婦合意の検証」によって浮上する「解決済み」感

●在外公館前の慰安婦像設置は国際法違反と訴え続けよ
●慰安婦像をバスに乗せたり徴用工像は「愛国ビジネス」

インタビュー全文は本誌でお読みくださいーー

※国際勝共連合は、慰安婦問題について、基本的に政府(以下)と同じ見解を持っています。
参照)慰安婦問題に対して、日本政府はどのように考えていますか。

▶ 月刊誌「世界思想」へのお問い合わせ・購読はこちらへ

この記事が気にいったら
いいね!しよう