世界思想8月号を刊行しました。今号の特集は「米朝首脳会談の衝撃」です。
【インタビュー】核放棄しない朝鮮半島情勢に備えよ
6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談に世界が注目したものの、玉虫色で象徴的な政治宣言と
見るべきで、むしろ「核放棄しない事態」にどう対応すべきか、日本の決断が迫られてくる
東洋学園大学客員教授 国家戦略研究所所長 元空将
織田 邦男 氏
日米メディアは北朝鮮の通常兵力読み誤っている
日本やアメリカのメディアなどが北朝鮮を誤解しているのは、北朝鮮の通常兵器がほとんど使い物にならなくなっていることだ。この軍事的な事実を知らないために、「暴発するかもしれない」とか「38度線を越えてくるかもしれない」などといまだに言っている。実際には北朝鮮にはそんな能力はない。なぜそう言えるのか。
北朝鮮は何万人もの餓死者を出しながら、核とミサイルに国防費を投入してきた。在来兵器については、老朽化し陳腐化してほとんど見るべきものがない。だから38度線を越えてくるような現代戦を戦う能力はない。制空権を獲る能力すら持っていない。主力はせいぜいミグ29だが、ほとんど動いておらず、燃料費もない、メンテナンス部品もない有様だ。
制空権もない中で「国防体制」をどうつくり出すかと言えば、「核兵器さえあれば金王朝を守れる」となったわけだ。だから北朝鮮では核兵器を「宝剣」と呼んでいる。何万人もの餓死者を出しながらそんなことを言っている。
では、「体制保証に米国が応じたから、核を放棄する」ことなどできるのか。「完全に放棄」することはまずありえない。なぜなら、「自分を守ってくれるもの」がなくなるのに、それに同意するわけがない。元々の米朝会談の目的は、金王朝体制維持にあるからだ。
だから仮に北朝鮮がCVIDを認めたとしても「完全な核廃棄」ではなく「核軍縮」になるだろう。つまり1発でも2発でも核兵器を残しておけば、核兵器は国際関係論で呼んでいる、「実質的抑止」となる。
結果的に中国の思惑通りに進む半島情勢
ーーー「朝鮮半島の非核化」は現実的に難しい問題では?
そう考えると、結果的に中国の思惑通りにことが進んでいると言える。中国は「ダブルフリーズ(二重凍結)」あるいは「ダブルサスペンション」を要求した。これはつまり「北は核実験やミサイル発射実験を実施しないからアメリカは演習をしない」ということだ。
中国の思惑としては、中国の息のかかった朝鮮半島をつくりたいわけだ。その足かせとなっているのは、どう考えても在韓米軍だ。
これがいなくなると、たぶん中国は北朝鮮をうまく絡めて南北朝鮮で「緩やかな連邦制」をつくりたいと考えている。その時に「核」があるかないかでだいぶ変わってくる。もし核がなかったら、北朝鮮は中国の言いなりにならざるをえない。実は北朝鮮は中国が嫌いなのだ。だから「主体思想」というものが説かれている。北朝鮮が絶対に核を棄てるわけないとは思うが、本当に棄てた場合には、本当に中国のいいなりの北朝鮮になる。
それでもし北朝鮮が核を残していたとしたら、それは中国の影響力には抵抗するだろう。しかし、韓国が北朝鮮になびくから、「朝鮮半島に核を持った緩やかな連邦」ができあがる。それが日本にとってどんな影響をもたらすのか、日本にとってはどちらがいいのかを、国家的な戦略として考えなければいけないだろう。
考えたくないことを考えるのが安全保障の鉄則だ
前者、すなわち「核が本当になくなって中国の息のかかった北朝鮮を中心とした朝鮮半島の統一」の場合、かつての「アチソンラインの復活」となる。38度線ではなくて、日本の防衛ラインが対馬になってしまうことは明らかだ。
一方、金正恩が核を保持したまま中国の影響力を排除しながら、「緩やかな連邦制」で半島を統一した場合は、「アチソンライン」とは言わないまでも、少なくとも「核を持った反日国家」が隣に出現することになる。今までも「核を持った反日」なのではあるが、少なくとも韓国という「バッファー(緩衝地帯)」が存在していたが、それがなくなるということだ。
では、どちらが日本にとって戦略的にいいのか。それは本当に「究極の選択」みたいなところがある。どちらに転んだとしても、日本の安全保障にとっては大きな試練を迎えるだろう。その準備を、今からしておかなければいけないのに、日本の中ではいっさいの議論も起こらないことは、私は異常だと思う。そもそも考えたくないことを考えるのが安全保障であり、危機管理の鉄則である。今のうちに議論しなければいけないのに、他人任せすぎる。
今後どのようになるか、という一挙手一投足を見て騒いでいるだけ。それでは安全保障とは違うのではないか。もっとひどいのは、これだけ「非核化」と言っているのだから、もはやミサイル防衛すら要らないではないか、という究極的な安全保障上の無知だ。そもそもミサイル防衛で最近採り上げられている「イージス・アショア」システム(陸地に設置されるミサイル迎撃システム)を導入するにしても、それが現場に入ってくるのは6年後のこと。5年後に自衛隊が「オンハンド(手に)」して、実戦のため演練するのに1年かかるから、つまり6年後になるのだ。
そんな6年後のことなど読めるのか、ということになる。それが当たり前のことにもかかわらず、さも「そうかもしれない」と思わせるような次元だけで報道している。それを小野寺五典防衛相が打ち消している。その打ち消し方も何か「予算獲得のためにやってる」みたいな報道だ。安全保障に関して日本人は本当に当事者意識がない、と改めて感じた。
トゥキディデスの罠とパックス・シニカ支配
ーーー 今、米国では中国に対し貿易問題や南シナ海・台湾の問題で相当な圧力をかけているように見えるが、朝鮮半島の今後とも合わせてどう見るか。
これは「トゥキディデスの罠」(古代ギリシャ史家のトゥキディデスにちなみ、戦争が不可避な状態まで従来の覇権国家と、新興の国家がぶつかり合う現象)だと思う。つまり新興国が出てきた時に、米国が主導する国際秩序というものは、自分たちを利するものではないと考え、戦争が起こる、というものだ。
中国は今、非常にチャンスと思っていて、「新型大国関係」とオバマ米政権の時から言っている。これはつまり、2050年にはハワイを境に太平洋の覇権を東西で二分しようというものだ。「パックス・アメリカーナ」ではなく「パックス・シニカ」を標榜し、第1列島線、第2列島線と描いている。今回の党大会でも「2049年、アメリカに伍ごしていける最強の軍隊をつくりたい」と打ち出した。
「パックス・シニカ」とは自分たちのルールで世界秩序をつくるということであり、いわば「パラダイムシフト」というわけだ。現在のトランプ政権に入っているスタッフたちは皆、ようやく中国の脅威に気づき「パンダ・ハガー」(親中)を宗旨替えし、対中強行派になった人も多い。
一方、中国は「パックス・アメリカーナ」が揺らいでいると言ってトランプ政権の保護主義を非難、グローバル経済に依拠せよなどと言っている有様だが、中国が主導する国際秩序をつくるチャンスだと思っている。
日本にとって怖いのは、米国が中国と取り引きし手を打つことだ。貿易戦争をしても双方がダメになる。それがわかった時、米国は中国と手を打つだろう。その手の打ち方が日本にとってどうなのかが問題になる。日本のあずかり知らぬところで勝手に手を打つことは十分にあり得る。最悪なケースは、「西太平洋は中国に任せるよ」となった場合だ。習近平は壊れたレコードのように「太平洋は二つの大国が入る十分なスペースがある」と繰り返している。トランプは日本に「それが嫌なら核兵器でも持てば」と言いかねない。
もう一つ、ハーバード大学のキンドルバーガー教授の唱えた「キンドルバーガーの罠」というのもある。これは「誰も国際秩序をリードする覇権国が存在しない」ケースだ。曲がりなりに米国が主導する国際秩序によって、貿易も安全保障も保たれてきた米国の価値観が支配してきた。それが、全く主導する者がいなくなる、中国も米国も中途半端、これは恐ろしいが、もっと怖いのは中国による支配だろう。国際秩序を主導するにはモデルとすべき価値観が存在する。「パックス・アメリカーナ」では自由と民主主義、法の支配、人道・人権などがあったが、中国にはそれがない。だからこの米国主導の国際秩序が崩れないよう支援するのが日本の国益だ。
1953年体制の崩壊で最も影響受けるのは日本
ーーー 在韓米軍撤退による「アチソン・ライン」が再現した場合、東アジアの「バランス・オブ・パワー」が大きく変化することについて米国は考えたりしないのか。
考えていないのだろう。宮家邦彦氏が論文で朝鮮戦争の休戦を以てできた東アジアの秩序を「1953年体制」と呼んでいる。1953年に米軍の司令官と中国義勇軍の司令官と金日成がサインした朝鮮戦争の「休戦協定」によって固定化された秩序が出来上がり、その秩序の下で日本は高度経済成長し、韓国は漢江の奇跡があった。その秩序が壊れた時にどうなるかについて実は誰も考えていない。それを考えたくないから、在韓米軍2万8千を置いておくか、だった。
それで今、金正恩が「非核化」を言い出し米国にすり寄り、在韓米軍が浮いてしまった。これが実際になくなる、すなわち「53年体制」が崩れ、パワーバランスが崩れた時にどのような影響があるのか、その時に中国の影響とか、プーチンがどう出るか、など誰も考えていない。あまりに急に起こったからだ。最も影響を受ける日本こそがこれを本気で考えなければならない。この「53年体制」により日本は軽武装=「吉田ドクトリン」を実現してきたと言っても過言ではないからだ。
インタビュー全文は本誌でお読みください。
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