ロシア軍の全面侵攻が始まった2月24日、ウクライナでは総動員令が発令された。ウクライナ国籍の18歳から60歳の男性は出国できない。民間の死者は2000人を超え、避難民は200万人に達している。もはや人道の危機だ。国連総会の緊急特別会合でロシア非難と軍の撤退を求める決議案が採択され141カ国が賛成した。経済制裁としての国際銀行間通信協会(SWIFT)排除でロシア経済は大打撃を受けている。世界経済にも副作用はあるがこの歴史的分岐点、試練を越えなければならない。プーチン露大統領は勝てないし、勝たせてはならない

自由世界は覚醒せよ

ロシアによるウクライナ侵攻は、自由と民主主義の価値を共有する国々に覚醒をもたらした。トランプ米政権下で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたマクマスター氏は、以下のように指摘する。

冷戦後の世界に対して前提として抱いていた認識に根本的欠陥があった。前提としていた認識とは、①自由で開かれた社会が権威主義国家より優位に立っているということ、②超大国同士の競争は過去の遺物になったということである。

その結果、我々は欧州で、潜在的な敵に武力による目的達成を思いとどまらせる抑止力を構築できなかった。ロシアによる2008年のジョージア侵攻、14年のウクライナ南部クリミア併合の後も、欧州の同盟国は国防費をGDP比で2%にする約束すら達成していなかった。

ロシアは米欧の態度を弱さの表れと見て、意図実現の格好の機会ととらえたとみるべきだ。さらに新型コロナウイルスの感染拡大と米国で人種間や社会の分断が広がったこともあり、プーチン大統領は、「民主主義は脆弱で、権威主義は強い」と確信しただろう。

プーチン氏を今回の行動に突き動かした一番の要因は米軍が昨年夏にアフガニスタンから撤退したこと。米軍がテロ組織に「降伏」したのと同じころ、プーチン氏はロシアとウクライナは一体だとする長大な論文を発表した。  上記のマクマスター氏の指摘は全く正しい。

プーチンの「嘘」と誤算

SWIFTからのロシア排除を表明するEU

立案に1年以上を費やした今回の作戦計画は、「ハイブリッド戦争」だ。それは「政治的目的を達成するために、軍事的手段やその他の様々な手段を組み合わせた現状変更の手法」を用いる戦争を言う。

軍事行動の前に、「嘘」の情報を効果的に拡散する。プーチン氏は、〈ウクライナ東部でのウクライナ軍によるロシア系住民のジェノサイド=集団虐殺〉を強調。2月24日、軍事作戦開始を表明した緊急演説で、「ウクライナの政権により迫害とジェノサイドにさらされてきた人々を保護する」と明言している。

しかし、その根拠はない。東部での対立による民間人死者は減少していた。国連人権高等弁務官事務所によればウクライナ東部紛争に関連した民間人の死者は2021年に25人。紛争が始まった14年は2084人だった。

一方、前述のマクマスター氏は「ウクライナを攻撃し、服従させることは、ロシア軍の能力の限界を超えている」とし、それでも踏み切ったプーチン氏には「誤算」があったという。まず、ウクライナ軍の能力は低く、市民の抵抗もないとみており、ゼレンスキー大統領も逃亡し、ロシアの言いなりになる政権を数日内に樹立できる、と思っていただろう、と指摘する。

ロシア軍の当初のシナリオは2日間決着だったと思われる。侵攻開始宣言から2日後の2月26日、国営のロシア通信は「ロシアと新たな世界の到来」と題した論説記事を配信。「ウクライナはロシアに戻ってきた」などとまるで戦勝を祝うかのような内容だったが、すぐに削除された。

さらに経済制裁としての「決済網」からの排除についての誤算である。プーチン氏は侵攻開始前、独仏首脳と経済協力は維持する方針を確認しており、侵攻しても独仏などが金融制裁の最終手段ともいえるSWIFT関連の措置に同意しないとみていたふしがある。プーチン氏は2月末の経済閣僚らとの会合で、米欧を「ウソの帝国」と罵倒している。

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