米国は「米国であること」(キリスト教に基づく建国の精神)を取り戻すことができるかもしれない。米連邦最高裁は6月24日、衝撃的、歴史的な判決を言い渡した。当該の訴訟は、胎児が一定の発達を遂げた妊娠15週以降の中絶を禁じた南部ミシシッピー州の法律を巡り、州内に一つしかない中絶クリニックが「憲法に反する」と訴えていたものである。
この度の最高裁判断は、中絶自体を禁止したわけではないが、米国民は〈憲法上、中絶の権利が保障されているわけではない〉と明示し、中絶に関する規制は各州の立法にゆだねられるとの判断を下したのである。この判断は、米国にとって、また世界のとりわけ左翼リベラルにとってはとんでもない「暴挙」といえるもの。世界中のメディアは、約半世紀ぶりの判例変更であり、今後米国をさらに分断することになると報じている。
「約半世紀ぶりの判例変更」の意味
米国最高裁は1973年、国家から個人の行動が制約を受けない「プライバシー権」に、「中絶を選ぶかどうかの選択」が含まれると判断した。「ロー対ウェード判決」と呼ばれている。左翼リベラルのいう「性の自己決定権」である。子供を産むのか産まないのかを決める権利は女性自身にあるというのである。具体的には、胎児が子宮外で生存できるようになるまでは中絶は認められるとした。そして、現在の医療水準で、その基準は「妊娠22週から24週ごろより前」とされていたのである。
左翼リベラルは、キリスト教の価値観が女性差別の根本にあるとして、女性の「性の自己決定権」の確立を主張してきた。いつどこで誰と性的関係を持つのか持たないのか、子供を産むのか産まないのかの決定権などは女性自身にあるというものである。文化共産主義者はこれまで、キリスト教的価値観と「伝統的家族」を攻撃し続けてきた。非米国化の革命的なステップが「ロー対ウェード判決」だったのだ。