世界の潮流が大きく変わっていこうとしている。まさに潮目の時である。米国大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ氏が当選した。上院も下院も共和党が勝利する見通しだ。米国は間違いなく変わる。「米国を再び偉大な国にする」(トランプ氏の勝利宣言)と言う。その「偉大な国」とはいかなる国か。世界中が目を凝らして探っている。

 そんな時、わが国の政治家は「井の中の蛙、大海を知らず」のごとく、やれ政治資金がどうの、やれ103万円の壁がどうの、はたまた国会の委員長ポストをよこせ、よこさぬ等々、大騒ぎしている。何たる無様さか。これらを小事とは言わぬが、少なくとも大局の話ではない。大局がすっぽり抜け落ちた蛙の集まりが国会とするなら、ご先祖様に申し訳が立たない。そんな思いの愛国者は少なくないだろう。

日米片務条約ではもはや成り立たぬ

 トランプ氏の当選で真っ先に思い浮かぶのは氏の次なる言である。「日本が攻撃されれば、米国は第3次世界大戦を戦う。我々は命と財産をかけて戦い、彼らを守る。でも、我々が攻撃されても、日本は我々を助ける必要はない。彼らができるのは攻撃をソニーのテレビで見ることだ」(2019年6月26日、米テレビ・インタビューで)

 日米安保条約の片務性に胡坐をかく日本をトランプ氏は痛烈に皮肉ったのである。これが本音だろう。当時の日本の指導者はトランプ氏の盟友、安倍晋三氏であった。2015年に平和安全法制を成立させ「集団的自衛権行使の限定容認」に踏み込むことで片務性を部分的に改定した。

 だが、それは日本有事に関わるときにすぎず、「我々(米国)が攻撃されても、日本は我々を助ける必要はない」という本質は何ら変わっていないのである。そういう片務性を完膚なきまでに叩き壊す。それが第2期トランプ政権と見ておかねばならない。

 ならば片務性について安倍氏は何と言っていたか。「軍事同盟というのは〝血の同盟〟です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。実際にそういう事態になる可能性は極めて小さいのですが、しかし完全なイコールパートナーと言えるでしょうか」(安倍晋三、岡崎久彦著『この国を守る決意』芙蓉社)

 トランプ氏と片務性への疑問を共有していたのである。この言は20年前の2004年のものであるから「そういう事態になる可能性は極めて低い」としていたが、2021年12月に安倍氏は「台湾有事は日本有事であり、日米同盟の有事でもある」と警鐘を鳴らした。そして2022年2月にロシアによるウクライナ侵略戦争が始まり、中東紛争(もはや中東戦争だ)は抜差しならぬところまで進んでいる。

 世界情勢はさらに変貌し一大危機時代に入ったのである。台湾有事はロシアと北朝鮮が絡んで東アジア全域に戦火を拡大せしめ、それこそ第3次大戦の悪夢をもたらしかねない。そうなれば米国も無傷ではいられない。そんなときに片務条約ならトランプ氏の米国は日本を見捨てるであろう。

 むろん、我々は米国に見捨てられるのを恐れて片務条約をうんぬんしているのではない。片務とはすなわち半人前の扱いである。まともな人間、まともな国家として扱われていないのである。侮辱である。毅然たる国家としての国際常識として、また自らは自ら守るという大人として常識として「自らの為だけでなく、他者の為にも血を流す」という道義的覚悟が必要と考えるからである。

 そもそも、なぜ片務条約なのか。これこそ戦後体制である。吉田茂元首相が敷いた「吉田路線」である。安全保障は米国に依存し、日本は経済路線をひた走る。これに対して「そうであってはならない。国家として自立すべきだ」と考えた先人もいた。それが鳩山一郎、岸信介元首相らの「自主路線」である。

 1955年の保守合同によって創設された自由民主党とは、いわゆる吉田路線と自主路線などの寄り合い所帯で、それが派閥の起源でもあった。それでも自主憲法制定を党是とする見識はあったのである。


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