岸田文雄自民党総裁は何か大切なものを失っている。自民党が持ち続けてきた矜持をかなぐり捨てたように見える。国益、国民益ではなく自らの身(総理の座)を守ろうとする「保身」の匂いが漂ってくる。少なからず国民には積極的に支持する心情が湧いてこない。岸田内閣の支持率低迷の原因はそこにある。

とりわけ日本の伝統と歴史に誇りを持ち、それを子孫へと継承していこうと考えている人々は、岸田政権に強い違和感を抱いている。悪名高いLGBT法の制定を強行した姿勢は、左翼世論に迎合する「赤いポピュリズム」を彷彿させた。知ってか知らずか、日本社会の紐帯を切り裂き、すべてを「個人」に還元させる策謀に嵌っている。

家族再生を目指す大平正芳氏の叡智

  日本社会の紐帯とは何か。それは言うまでもなく家族を軸にした血縁であり、地縁であり、職縁であり、さまざまなゆかりであり、つづきあいであり、支え合いである。そこに国民共有の道徳規範があった。

ところが、その支え合いが希薄になってきた。都市化の進展によって地域では匿名性が尊ばれ、プライバシー保護が叫ばれ、隣近所に誰が住んでいるのかも知らずに暮らしている。会社もゲマインシャフト(家族的)からゲゼルシャフト(機能的)の色彩を強め、福利厚生を減らし実力中心主義に変貌した。血縁も地縁、会社縁も薄くなった。

フランスの社会学者エミール・デュルケムは、さまざまな縁で結ばれている共同体的意識を指して「あらゆる社会は一個の道徳的社会である」と看破し、これを社会における「見えざる手」と呼んだ。そんなネットワークで支え合って私たち日本人は「心のふるさと」を作ってきたのである。

言うまでもなく、その原点は家族である。だが、LGBTなるものはそれを破壊し、社会を「アノミー」(混沌)に陥れる。これこそ元来の自民党政治からの逸脱である。岸田氏はその「ルビコン川」を渡ったのである。だから自民党の岩盤支持層である保守層が一斉に岸田自民党から逃げ出した。

岸田氏は派閥の先人、大平正芳元首相の「田園都市構想」をもじって「デジタル田園都市構想」を掲げている。だが、その構想は似て非なるものである。前者は家族を基盤とした「心のふるさと」の再構築の上に成り立つと考えられたが、後者は単に「デジタルの力で、地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図る」という物資的なものである。岸田氏はデジタルの前に家庭を顧みるべきである。魂が抜け落ちている。

大平正芳元首相(左)と岸田文雄首相


大平氏を持ち出すなら、忘れてならないのが家族再生策である。氏が首相だった1970年代後半、非行や自殺、いじめなど荒れる子供たちが社会問題化し家族崩壊の危機が高まった。このとき家族再生が戦後初めて政治テーマとなった。

これに対して大平首相は「家庭基盤の充実」を訴え、自民党内に「家庭基盤の充実に関する特別委員会」を設置し、79年に「対策要綱」をまとめた。そこでは「家庭時代の幕開け」を訴え「家庭の日」の祝日化や教育、青少年、税制、社会保障、住宅など多彩な家庭基盤充実策が打ち出された。「家庭の日」を通じて家庭の役割を再確認し、親子3世代の対話、団欒の機会を与え、また恵まれない家庭への慰問激励に取り組むなどの施策が提唱された。

大平氏は、家庭が経済や社会制度の不備を十分に吸収できる対応力を持つ必要があるとし、日本人の持つ自立自助の精神、相互扶助の仕組みなどを守りつつ、思いやりとゆとりのある家庭を実現しようと考えたのである。田園都市構想はその延長線上のものである。それは家族を基盤に「適正な公的福祉を加味した公正で活力のある日本型福祉社会」を展望するものだった(福永文雄『大平正芳「戦後保守」とは何か』中公新書)。

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